デアゴスティーニ 『日本の城 改訂版 第137号』とうとう出版です!】

みなさんもTVコマーシャルを通じて一度は目にしたことがあるのではないでしょうか?

あらゆる分野を徹底的に掘り下げて楽しませてくれる、あのデアゴスティーニから人気シリーズの新刊が出ました。

名づけて『日本の城 改訂版 第137号』!

城の建物やその歴史だけではなく、縄張(グランドプラン)、城での合戦、城探訪に人物伝まで、事細かに解説してくれるそのマニアックさには、多くの歴男歴女が魅了されることでしょう!

さて、今回はどんな城との出会いが待ち受けているのでしょうか??

福岡城に天守はあった!?

あの名軍師、黒田官兵衛の息子、黒田長政によって築かれたのが福岡城です。

関ヶ原の戦いで東軍に味方した黒田家は、その功績によって豊前国(大分県)中津16万石から、筑前国(福岡県)52万3千石の大大名となりました。

豊前国に入国した黒田は、それまで居城であった城では、城下町の整備がしにくいとの理由で廃城とし、新たに近隣の「福崎」を「福岡」と改め、そこに築かれたのが福岡城なのです(^o^)

さて、主題である天守ですが…従来は福岡城を描いた最古の絵図には描かれていないことから、天守はなかったとされてきました。

ところが!

近年になって、小倉藩藩主であった細川忠興が、息子に宛てた手紙の中に「長政は徳川に配慮して天守をうち壊すと語った」との記述が発見されました!!

やはり天守はあったのでしょうか?編集部はいかなる結論に達したのでしょう??
(画像は福岡城 Photockより)

ARでゆく? 会津若松城

ARとは、現実の景色、感覚などにコンピューターによって情報を加える、拡張現実のこと。

まさに会津若松城を脳内で体験してみよう~という現代ならではの試みなのです(*^^*)

では会津若松城とは、どのような城なのでしょうか?

その白く優美な姿は鶴ヶ城とも呼ばれ、福島の人々に愛され続けている会津若松城。

創建は室町時代と言われ、長らく、東北の雄、蘆名氏の居城となっていました。

この城が大きくクローズアップされたのは、戊辰戦争のときです。

薩摩、長州率いる官軍と幕府軍の中心であった会津。

この城を枕に討ち死にした会津藩士の話は、涙なくして聞くことはできません。

1965年に再建された見事な天守、幾多の大地震にももちこたえてきた、野面積みの石垣、インスタ映えしそうな桜など、

「全部の城は見に行けないから、臨場感のあるARは、とってもいい\(^o^)/」

と、読者の心は鷲づかみにされているようです!
(画像は会津若松城 Sotheiより)

河岸段丘の城? 山崎城

河岸段丘…まるで某公共放送のブラ〇〇〇に出てきそうなこの言葉、みなさんはご存知ですか?

川の中下流域で、川の流れに沿って発達した階段上の地形を河岸段丘と言います。

その段丘に築かれた平城こそ、播磨国(兵庫県)宍粟にある山崎城なのです!

創建当初(室町時代)は本格的な城ではなかったようですが、江戸時代に、あの姫路城を築いた池田輝政の子、輝澄が入国して城郭造りが本格化します。

二つの川に挟まれた河岸段丘の南側には城を、北側には城下町を建築。

川の向こうから見上げる城の景色は、とても雄々しく、そして攻めづらく映ったのではないでしょうか?

無名ながら見事なその縄張、必見の価値ありと見ましたo(^o^)o

梟雄の城 ~信貴山城の歴史~

今年の大河ドラマの主人公は明智光秀ですが、その中に登場してくる、吉田鋼太郎さん演じる松永久秀の居城こそ、信貴山城なのです(*^^*)

創建はあの楠木正成という伝承もありますが、それはあくまで噂の域。

この城が本格的に築かれ始めたのは、畠山家家臣、木沢長政によると言われています。

ただ、歴史の表舞台に立つのは、あの乱世の梟雄、松永久秀の登場を待たねばなりません!

1577年、当時仕えていた織田信長に対して謀叛を起こした久秀。

それに怒った信長は4万の軍勢で、久秀の居城、信貴山城を攻め立てます。

8千の兵力しかない松永軍は奮起するのですが、如何せん多勢に無勢。

200名の鉄砲隊の反乱が切っ掛けとなり落城。久秀68歳のことでした。

一説によると、覚悟を決めた久秀は、信長が何度も求めた名器、「平蜘蛛釜」を抱えながら爆死したとも言われていますが、真偽のほどは如何だったのでしょう?

編集部の見解は…(^o^)

篤姫伝

今回の人物伝は、幕末動乱の時代、徳川宗家を裏でしっかりと支えたこの人、天璋院篤姫です!

薩摩島津家一門の娘として生まれた彼女は、藩主島津斉彬の命によって、江戸幕府13代将軍、徳川家定の正室として江戸城に輿入れします。

公家でもなく、徳川譜代でもない篤姫にとって、江戸城大奥はまさに伏魔殿そのもの(ToT)

それでも、生来の賢さと度胸によって幕府を陰で支えていきます。

15代将軍慶喜が大政を奉還すると、徳川家の存続と、官軍による江戸総攻めを回避するため、和宮らとともに尽力。

その甲斐もあってか、江戸城は無血開城され、徳川家も家名の断絶を免れることとなりました(^o^)

明治以降は、徳川16代当主家達の養育に精を出し、1883年(明治16)、47歳でその波乱の生涯を終えていったのでした…。

江戸が救われ江戸城が守られたのは、篤姫の尽力あったればこそ!

謂わば、彼女は影の城主であったと言えるのかもしれません。

「篤姫って、カッコイイ~!」と言う歴女の気持ち、とてもよくわかりますo(^o^)o
(画像は江戸城 パブリックドメインQより)
(家紋は葵の紋 freesozai.jpより)

まとめ

如何ですか?とってもマニアックですよね?

その時々の出来事があって今がある。今の出来事が未来の何かへとつながっていく。それが歴史なのでしょう。

そう思うと、「あそこにあの城がなければ、今の歴史はどうなっていたのか?」「あの城があんな風に造られていなければ、今の歴史は変わっていたんじゃないか?」…色んなことを想像してしまいます。

マニアックだからこそ過去を知ることができ、過去を知ることによって今を知ることができる。

それはまさに、『日本の城シリーズ』の真骨頂でしょうd=(^o^)=b

もしかしたらこの本の中に、今のあなたにつながる歴史が見つかるかもしれませんよ…(^o^)

コメント

  1. 上原悠一 より:

    楽しく読ませていただきました。

  2. 上原悠一 より:

    感想ありがとうございます。
    また見て下さい。

タイトルとURLをコピーしました